最高裁判所第一小法廷 平成3年(オ)1362号 判決 1991年10月24日
上告人
甲野花子
被上告人
東京都
右代表者知事
鈴木俊一
右当事者間の東京高等裁判所平成二年(ネ)第三六九一号慰謝料請求事件について、同裁判所が平成三年五月九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告人の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 橋元四郎平 裁判官 味村治)
(平成三年(ネ)第一三六二号 上告人甲野花子)
上告人の上告理由
第一 判決は釈明義務違反及び採証法則違反である。
1 配転命令の経緯
(1) ICP(アイシーピー)室への異動命令
<1> 上告人は、東京医科歯科大学微生物学教室へ、細胞培養技術修得のため、研修生として入学許可願いをし(<証拠略>)、野牛弘衛生研究所長の命令で、昭和五八年四月一日から研修を行っていた(<人証略>)。しかし、同年九月一四日、野牛所長が右大学右教室の中谷林太郎教授の部屋で、「組合から、海外留学と国内研修とでは条件に較差が有りすぎる」と指摘されたため、同年九月三〇日で、一年間の予定であった研修を中止すると告げられた。
確かに、組合との昭和五八年九月六日の対所交渉で刑事休職、海外派遣休職、国内留学等の職員に対する処遇格差を話し合った事実はある(<証拠略>)。しかし、海外派遣あるいは海外留学に関しては、本人の希望、同意を前提としている休職であり、地方公務員法(以下「地公法」という)第二七条(分限及び懲戒の基準)、条例それに東京都人事委員会(以下「都人事委」とする)規則で定められているもので病院支部衛生研究所分会交渉で根本的改善を求める事項として、不適切であるが、野牛所長が組合側に指摘されたとして、上告人の研修中止の理由とすることも、また、不適切である。なお、被上告人準備書面(二)(<証拠略>)において、組合との交渉内容を、研修中止理由としたことを認めている。
右研修中止理由を告げた事実は、同年九月二九日受付の都人事委への「勤務条件に関する行政措置要求の受理について」(<証拠略>)、措置要求書(<証拠略>)で明らかである。
<2> 右措置要求書中では、さらに、野牛所長へ再三職務とかけ離れた不当な配置換えは行わないよう、口頭及び文書で申し入れている。また、上告人は、これまでの技術・経験を生かせる希望部署を具体的に述べている。しかし、右所長は、一方的に「一〇月一日九時に辞令を出す。」と言うのみであった。
<3> 同年一〇月一日、右所長室において、松本昌雄乳肉衛生研究科長、事務部長等が同席しているところで、右所長より上告人に、同年一〇月一日付指導書(<証拠略>)が渡された。それには、中谷教授の申し入れで研修を中止した旨が記載されていた。九月一四日に告げられた研修中止理由と異なる、右教授よりの手紙の存在することを知らされた。右教授よりの手紙は、同年九月二九日付であり(<証拠略>)、郵便配達されたのは、常識的に考えて、早くて、翌日の九月三〇日である。つまり、大学からの研修中止の申し入れは、九月三〇日以降に行われたことになる。
被上告人は、その準備書面(二)(<証拠略>)で、「大学からの申し入れの内容をも研修中止の理由として告げるとなると(後略)」としており、教授からの手紙が届く以前に右大学から研修中止の申し入れが有ったことを明らかとしている。しかし、右大学から研修中止の申し入れの手紙が届いたのは、九月三〇日以降であるはずである。
さらに、指導書で、「中谷教授の申し入れにより、昭和五八年九月末をもって研修を中止せざるを得なくなりました。」としており、手紙の内容が研修中止となったことを示しており、明らかに矛盾した研修中止経過である。
なお、上告人に九月一四日研修中止を伝える以前に、大学から研修中止の申し入れが有ったとする事実は立証されていない(<証拠略>)。
上告人は、手紙が中谷教授の筆跡によるか不明であること、中谷教授の三文判が使用されていること、上告人に手紙の内容に覚えがないことから、中谷教授本人が書いた手紙であるとは信用出来ないことを、一〇月一日以来主張してきている。中谷教授が右手紙を書いたとする事実を、被上告人は立証していない。
この件に関して、原判決(<証拠略>)は、被上告人の証拠を採用し、上告人の証拠を採用していないことは、国立大学の教授名で三文判の文書は、本人が書いた事実が立証されなくとも証拠として採用していることが、裁判官名の文書で、三文判で押印されていても、本人が書いた事実が立証されなくとも、社会に出まわって当然と考えているのと同じである。
松本証人は、一〇月一日、右手紙を見ていないにもかかわらず(<証拠略>)、つまり、事実を確認することなく、同日上告人にICP室でコンピューターについてやってもらう、と命令した。
同年一〇月一九日、右配置換え命令を不服として、都人事委へ、不利益処分による不服申立を行った。
<4> 同年一〇月二七日午前一一時一〇分、松本証人の部屋でPDP―一一操作法習得計画(<証拠略>)を渡された。右計画表は誰が作成したか、松本証人は知らず(<証拠略>)、上告人に職務従事することを命令した。研修を行うとは告げられなかった。
そもそも、中谷教授からの手紙を理由として、被上告人は、大学の研修中止を行ったものであり、まさしく、本件の発端となっている。しかし、原判決は事実の立証が行われていなかったにもかかわらず、「上告人が大学においても指導教官や他の研究員との融和を欠き、そのため同年九月同大学からの打切りを申し出られた」とすることは、明らかに採証法則違反であり、釈明義務違反である。
(2) コンピューター操作法習得計画について
<1> コンピューター操作法習得計画表は同年一〇月三一日から、つまり、ICP室異動一か月後から開始し、三年六か月にわたる習得計画内容であり、最長の上級者コースを想定して作成されたものである(被上告人準備書面平成二年九月二八日三・1・(ハ))
<2> 計画表で、所内職員(荻野周三、神谷信行、深野駿一それに牧野国義各職員が上告人に指導するようになっているが、昭和五八年当時彼等がコンピューター操作法を指導するための資格、経験、実績、適性、それに人間性等を、客観的に証明する事実は立証されていない(<証拠略>)。
被上告人は、「コンピューターの基本的な操作と、知識」(<人証略>)、「三年六か月という期間は、外国語と同じで、習得の度合が違うため」(<証拠略>)として「その進捗状況で自由に変えうると考えていた」(<証拠略>)としているが、初めより最長の上級者コースの計画で、実際、昭和五九年四月一八日まで計画通りに従事させられており、明らかに矛盾する(<証拠略>)。
なお、計画表は、PDPI一一コンピューター操作法習得計画(<証拠略>)であるが、被上告人はPDPI一一操作法の修得を命じた、としている。
習得とは、例えば、車の運転技術を習い覚えることであり、他方、修得とは、学問、技芸(例えば医学)を修め身につけることであり、被上告人が上告人に命じたのは、コンピューターのプログラム作成の習得を意図したものである。
<3> コンピューター操作法習得を命令したのは「将来データーの解析処理が必要になると考えた」(<証拠略>)、あるいは、「プログラミングのみを命じたのではない」(<証拠略>)としているが、所内の研究職職員は、衛生検査職種一九〇名を含め二四〇名いる(<証拠略>)。衛生研究所でデーター解析あるいは、「市販ソフトを調査・研究に合うよう訂正あるいは変更することが必要」(<証拠略>)なのは、二四〇名の職員に必要なことであり、何も上告人一人に必要なことではない。所内で職員を対象に、コンピューター研修を行うことになったのは平成元年からであり(<証拠略>)、また、所内で平成二年六月に情報処理プロジェクトチーム(以下「情報処理PT」とする)が設置され、公衆衛生分野でコンピューター導入を行い、システム開発等を行い、また、情報処理研修が計画的に行われることになったのである。
被上告人は、コンピューター技術面における習得者の層が薄いことを認めている(<証拠略>)。前記書証別紙二(略)で、コンピューターを活用した結果として、報告された論文の一部を示してあるが、各著者がプログラムを作成したことを立証するものでない。例えば、「市販ハンバーグの品質の統計的解析」(<証拠略>)は、野牛所長作成のプログラムを使用している。
また、当時、野牛所長、岩崎謙二ウイルス研究科長、それに、大気汚染の解析を業務として、大型コンピューターを使用していた牧野環境衛生研究科主任研究員等三、四名にすぎなかった。
<4> 会話型ベーシック言語でプログラミングを行い、職員自身の職務に活用していることはすでに述べた(<証拠略>)。
上告人はICP室で、Basic文法を二か月間NEC BASICを読ませられ、テストをされたのみであり、市販のベーシック言語で作られたソフトを使い、プログラミングの方法、活用に関心を覚える機会もなく、予定期間内で終っている。例題を採点したとあるが(<証拠略>)、プログラムが実際問(ママ)違っている事実は立証されていない。
ベーシック言語を二か月間習得している(<証拠略>)としているが、次のフォートラン文法あるいは、フォートランプログラムの作成等と続く計画が三年三か月間計画されていることより、上告人が命令されたのは、主として、フォートラン言語によるプログラミングの習得を職務として行うため、ICP室へ配置換えされたのであることは明らかである。
<5> 「市販の研究用ソフトが多数開発されていても、利用者の検査、研究に適するよう変更する余地が多く残され、時に、新たな作成が余儀なくされる」(<証拠略>)、また、そのことは、「ソフトプログラム作成言語がコボルやベーシックとは異なるフォートランであってもなお同じである」(<証拠略>)として、ソフトプログラムの開発の必要性を主張しているが、プログラムを使用に応じて変更等を行うにも、基本としてプログラムが必要である。
「アプリケーション等が出来る程度の知識を習得する内容」と松本証人はコンピューター操作法習得計画内容を理解しているが(<証拠略>)、既成ソフトを使わせず、アプリケーションを考えるには、プログラム作成を必要とするもので、被上告人は、明らかに、上告人にプログラム作成の習得を命じたものである。
「ワードプロセッサーの利用とソフトの作成の必要性」(<証拠略>)について、「ワードプロセッサーは初歩的な機器で、その機能は文書作成機能等に限られており、利用者においてソフトプログラムの余地が無いことを忘れたこじつけの理論」
被上告人準備書面(<証拠略>)としているが、ワードプロセッサーは初期に比し、漢字変換、文書様式等の機能が格段に開発されてきているのである。事務系職員も含め、利用者は開発する余地も考えず、便利なソフトを購買しているにすぎない、実態に無知な主張である。
なお、コンピューター関係の用語として、被上告人及び原判決で「ソフトプログラム」を用語として使っているが、コンピューター関係でそのような用語は無く、所内で大型コンピューターを使い、大気汚染に関するデーター解析を行っている牧野氏も用語として無いことを認めている。
上告人は、コンピューター操作法習得に適性が無いと、被上告人に決めつけられた立場であり、ソフトプログラムと(ママ)使用して来て、最近、右記事実を知った。しかし、コンピューター操作法の習得を命令した被上告人において、並びに、右記習得命令が違法であるか否かを客観的に判断すべき裁判官においても、用語を誤って使用してきている事実では、コンピューター操作法習得の内容等の判断を行うには不適切すぎる。
証拠等の事実を充分尊重し、検討がなされるべきであるのに、被上告人の松本、山岸両証人の証言を全面的に採用しており、公平さを欠く。
(3) コンピューター操作法習得命令は研修といえない
<1> 上告人がマイコン室への配置換えを命令された経緯は、昭和五九年三月二七日、道口部長より異動希望を聞かれたことに始まる。このことは、道口部長がテープにとっておくとして、テープを置き、それから話し始めている。その後、同年四月一八日、右部長より、松本、山岸両証人同席で、「マイコン室に入り、山岸副参事の指示に従え」と命令され、この経緯は、(証拠略)に記してある。異動を聞いた時点、あるいは、その後もICP室でのコンピューター操作法習得の研修を中止すると告げられた事実は無い。
<2> 地公法第三九条で、研修は勤務能率の発揮と増進を目的としており、能率を最低限維持し、さらに増進する必要があるとされ、これに寄与しない教育や訓練は研修に該当しないとされる。(鹿児島重治著逐条地方公務員法六二五ページ)。
研修の内容として、一般教養に関する研修と、特定の職務に関する研修がある。
ICP室でのコンピューター操作法習得命令は、将来コンピューターを使ってのデーター解析処理が必要となることを考えて行わしめたとしているが(<証拠略>)、長期的に能率や見識の向上に役立つことを目的とした一般教養の研修に該当しない。
東京都においても、「OA」研修、プログラミング入門研修等の研修は、専門研修あるいは派遣研修であり(<証拠略>)、(証拠略)のデータベースシステムセミナー、オンラインシステムセミナー、予算計数情報システムの財務会計システム研修、OA中級、上級(簡易言語)等の研修が専門あるいは派遣研修として二日から五日間の短期間に、効率良く、講師の指導で行われている事実がある。
語学研修や、公開、実務研修のように、職種あるいは担当業務に関係なく参加出来る一般教養研修と、上告人が従事を命ぜられたコンピューター操作法習得とは明らかに異る。
原判決は、本件の長期の習得命令であっても、研修とは否定できないとしていることは、明らかに釈明義務違反である。
<3> 地公法三九条第三項に定めるように、都人事委は、計画の立案その他研修の方法について、任命権者に勧告できる、とされている。
研修計画の作成には、
ア 研修の必要性の判断及び研修の目標の設定。
イ 研修対象者の設定。
ウ 研修課目および、講師の選定。
エ 研修技法の決定。
等々の項目について、決定しなければならず、コンピューター操作法習得が、研修とするのに、計画内容が適切であるか、講師選定が妥当であるかについて、助言等を行った事実、また、衛生局長の調整を得た事実の立証は無い。
公衆衛生上、精度の高い機器とデータ解析のため、コンピューター機器を集中管理し、試験検査、調査研究の実績を高めることを意図していたとしても、三年六か月にわたり専念させる計画で研修命令する場合、人事行政の専門機関としての都人事委に、研修計画項目決定について、助言を求めて然るべきである。
計画表より、コンピューター操作法に関心を有していた職員を研修担当者としているが、彼等が、講師養成研修(<証拠略>)に出席し、コンピューター操作法研修講師として、人間性、適性、経験等に妥当であるとする事実は立証されていない。
「語学研修のように、人により異なり、進捗により変えうる」と松本証言があるが、語学研修のような一般教養研修でも、初めより、最長の上級者コース想定では、研修による勤務能率の発揮と増進を目的としていると考えることこそ不自然である。 しかし、原判決は、「大学での研修中止が急であったため、一〇月二七日に、コンピューター操作法習得の具体的内容が決定された」として、(<証拠・人証略>)を採用したが、教授の手紙が前記のように立証されてもなく、誰が作成したか不明の右習得計画では、研修内容、必要性、研修効果を検討した上で、昭和五八年一〇月一日研修命令を行ったとすることは明らかに裁量権の逸脱、濫用である。
また、「コンピューターがプログラマーのみならず種々の領域の人達により、操作、利用(ソフトプログラムの作成も含めて)されている実態を看過したものである」(<証拠略>)として職種に限らず行われると主張する。しかし、衛生研究所において、データー解析等に必要性が高いとする職場において、ソフトプログラム作成の研修を、二四〇名の職員に、上告人が命ぜられた計画内容で行っていない事実、また、所内で実際研修を始めたのが平成元年になってからであることから判断すると、上告人が命令された、三年六か月にわたる、コンピューター操作法習得命令を、研修命令とする主張は、失当であり、裁量権の逸脱も甚しい、明らかに異職種従事を命令したものである。
原判決は、教授の手紙の立証を行っていたならば、ICP室異動等の命令行為が生じない事実にまで及ぶ審理を行っておらず、「研修命令であるかどうかはその性質から客観的に判断し」研修命令であると認定した原判決(<証拠略>)は、釈明義務違反及び採証法則違反である。
(4) マイコン室への異動命令及び職務内容
<1> マイコン室への異動は、前記(3)、<1>の通り昭和五九年三月二七日に異動希望を聞かれ、同年四月一八日マイコン室への配置換え命令をされたものである。つまり、上告人がICP室でフォートランの文法を行わせられていた時期で、フォートランでの試験問題の解答を出す以前に、異動希望を打診したことになる(<証拠略>)。適性が無いと判断したのは、四月三日の時点である。
マイコン室への配置換え理由は、コンピューター操作法の習得に取り組む熱意が見られなく、また、適性もなく、さらに、コンピューターの指導にあたった職員の指示にも従わないことがあった、上告人を受け入れる意向のある部・科が無かった、としているが、適性を判断する以前に異動先を打診している事実から、換(ママ)置換え理由は不適切である。
<2> コンピューターの指導にあたった職員が、研修とする習得計画の講師として妥当性を欠くことは、前記(3)・<3>で記載した通りである。
<3> マイコン室の職務内容は「マイコン等の機器の保守・管理・サービス等」(<証拠略>)で、単純作業である事実は原判決も認めている。
また、中央機器室担当職員の業務は、前木吾市主任研究員は、電子顕微鏡に関することのみを担当し、他の機器を使用することはなく、山岸副参事は、前担当の友成、二島副参事と同じく、立場上総括的な職務を担当した。
原判決は、中央機器室担当職員が、各研究科職員らに対し、指導援助を行うこととしていたため、試験検査、調査研究の知識・経験を有するものを担当にあてていた、としているが(山岸証言採用)、中央機器室の管理運営委員会は各研究科の試験検査、調査研究の職務を行う職員の中から、正・副の取扱責任者二五名で構成され、機器の管理及び使用につき審議する(<証拠略>)もので、(証拠略)において、「機器の維持と技術指導は、主に特殊分析機器の責任者によって実施されている。」としてあり、右記の中央機器室担当職員が、各研究科の職員らに、使用に対し指導援助することは、まさしく、希なことである。加えて、昭和六二年四月から前木氏が嘱託としている以外、中央機器室所属職員は現在も皆無である。
つまり、上告人がマイコン室へ配置換えされ、前記の職務に従事することを命令されたことは、衛生検査職種の研究職としての職務従事でない。
まさしく、裁量権の逸脱した配置換えである。
<4> 中央機器室所属職員が行った研究
<ア> 山岸証人は、昇格し、中央機器室に配置されたもので(昭和五八年(一九八三年)一二月)、前所属で行っていた研究を継続していた(<証拠略>)。
<イ> 前木氏は、本人が担当する電子顕微鏡を使用し、研究を行い、昭和五四年八月、右同室へ異動した、友成副参事と共同の報告も有る。
<ウ> 太田与洋職員は、昭和四八年四月(一九七三年)入都し、一年間のみ乳肉研究科、中央機器室所属で、その後は、環境保健部、環境衛生科と兼務となり、マイコン室の窓側(<証拠略>)に実験台を設置し、中ドアで部屋を二分して、実験を行っていた。右同人の研究は、すべて環境衛生科とし行われ、乳肉研究科としての発表は一報も無い(<証拠略>)。
<エ> 深野駿一主任研究員は、上告人準備書面(<証拠略>)で詳しく述べてあるが、昭和五五年四月(一九八〇年)右同室へ異動後、前所属に関連する研究テーマを行い、上・下半期の研究経過で、公式に発表する成果をあげていない(<証拠略>)。毒性部異動後、コンピューターのプログラムをベーシック言語で作成し、報告している(<証拠略>)。
<5> 上告人が研究出来なかった点について
<ア> 研究を軽んじていると思える、被上告人の見識についてはすでに主張した通りである(<証拠略>)。
上告人が行っていたセレウス菌の毒素精製の研究(<証拠略>)、及び、黄色ブドウ球菌に関する研究(<証拠略>)は、上半期の研究経過を報告した、一〇月一五日(昭和五七年)以前の九月一三日の時点で中止が決定されている。
本来研究の継続、中止等の検討は、研究経過報告書(以下、「研究報告書」とする)が提出された後、科内で検討される。しかし、上告人に関しては一か月以前に中止決定されたことになる。
被上告人は、中止した理由として、研究内容、研究費等の報告が無かったとしている。「口頭で報告が無い」(小久保証言平成元年一一月一〇日五ページ、左・上・四行目)としているが、食肉魚介細菌室として、研究について報告あるいは検討を行った事実は無く、立証されていない。
<イ> 研究の優先順位があまり高くないとしているが、具体的な順位を科内の研究テーマすべてを示し、右順位が低いと決め、中止した事実は無い。
現在も、セレウス菌による食中毒発生は続いており(<証拠略>)、行政上重要でないとした中止理由は、被上告人が、食品衛生分野の情報(文献調べ)に怠慢で、無知であったからである。
それにもかかわらず、小久保証人は、上告人の研究中止後七、八か月で、セレウス菌研究を行っていた外部で、共同研究者となった(<証拠略>)。
中止するにあたり、主任研究者の上告人の意見を聞かず、当時細菌第二研究科長の寺山武氏の意見を聞いたと、小久保証言にあるが、事実無根であり、右事実は立証されていない。
さらに、「木村部長、山岸副参事それに小久保証人が中止を決め、野牛所長が最終決定をした」と(人証略)にある。まさしく、毒素精製に関して、専門外の人達により、口頭で報告が無いことを最大理由として中止されたのである。研究費使途に関して、小久保証人が説明を求めた点は、右同人が当然知識としている内容のものであったことは、すでに反論した。
なお、山岸証人は、「セレウス菌がどういう研究なのか、具体的によく知らない」(<証拠略>)と自ら述べており、中止決定が不当に行なわれたことを示すものである。セレウス菌毒素が未解明であることは、小久保証人も、その証言で認めている。
よって、優先順位が低い、口頭で報告が無かつた等の事実無根あるいは、正当な手続を経づに、上告人の研究中止を決定したことは、明らかに裁量権の逸脱である。
<ウ> 被上告人は、他科と共同で研究を行うことも可能であった等と、被上告人は主張するが、そもそも、上告人をICP室へ異動させた理由として、自己中心的、非協調的等であり、業務の正常な運営を阻害するまでに至った(<証拠略>)、さらに、「原告主張の異動命令は、自招行為によるものである」(<証拠略>)、あるいは、「原告を受け入れる意向を有する研究部、科は皆無であったこと」(<証拠略>)とするなら、他科と共同で、あるいは、他科の施設を一部利用すること等は(<証拠略>)、明らかに不可能というべきで、被上告人の主張の矛盾は、管理能力に疑問であり、まさしく、裁量権の濫用で、職務として雑用をマイコン室でさせる配置換え命令を行ったものである。
<エ> 上告人が行っていたセレウス菌の産生毒素を使い、高速アミノ酸分析装置等で、アミノ酸配列、毒素の分子構造と生物活性の発現を究明することも可能であったと被上告人は主張するが(<証拠略>)、研究報告書に、右記の毒素究明に十分な毒素精製物質が得られたと記載していない。まさしく、主任研究者たる上告人に、研究報告書提出後、その進捗、内容等について検討しなかった結果であり、右主張は矛盾している。失当である。
毒素精製に必要な装置等は、松本証人等により、撤去させられたもので(<証拠略>)、精製を続け、毒素を得ることも不可能な状態である。
行政上重要な、黄色ブドウ球菌に関する研究も、セレウス菌に関する研究と共に中止され、明らかに、上告人の研究を不可能とする意図による事は、これまで記載の事実から説明がつく。
<オ> ルーチン検査は、操作手順、方法等を覚えれば、ある程度成果は出る。しかし、研究していると言うことは容易だが、部署が異れば、研究テーマ、視点等が異なり、専門分野での研究に必要な知識が充分でなければ、研究テーマを掲げても、その成果を公表し、公衆衛生分野で都民に役立つ内容に導くことは容易に出来るものでない。
研究費、研究テーマの有無、研究報告書の提出期限等を知らされて、各職員(所内)は準備を行っている。マイコン室で右事務連絡が行われた事実は立証されていない。
原判決は、「研究できる状態でなかったとする上告人の主張は、自らの怠慢の毒(ママ)任を被上告人に押しつけるもの」として、被上告人主張を採用している。しかし、裁判官が公衆衛生分野の業務に従事する経験が無くとも、事実経過を立証する証拠、あるいは、ルーチン検査と研究の違い等から公平に判断したなら、導き得ない結果である。
よって、マイコン室で上告人に、雑用に近い職務に従事させ、衛生検査職種としての専門的知識、経験を活用し、研究を行うことが不可能な職務従事の配置換え命令は、被上告人の裁量権の逸脱・濫用であり、違法なものである。
以上より、原判決の、上告人のマイコン室配置換えは、必要かつ合理的理由に基づくとすることは、採証法則違反及び釈明義務違反による。
(5) 食肉魚介細菌室への復帰命令について
昭和六〇年一月九日、松本証人より、同年一月一六日から、食肉魚介細菌室復帰を命令された。理由は、業務量の増加によるもの、とされたが、業務内容は「言う必要が無い」と道口部長等は伝えなかった。この命令は内示の段階で拒否し、東京都知事及び衛生局長へ、一年六か月に三度の異常な異動命令に同意出来ないことを、請願書として提出した結果、異動命令は不問に付され、実現されなかった(<証拠略>)。
被上告人は、一定の冷却期間を経たことも、復帰させる理由にした(<証拠略>)。
しかし、当時の乳肉研究科職員は、<1>人間関係が改善されたとは認め難い。<2>共同作業ができない可能性が強い、として受け入れ反対の意向であったとしている(<証拠略>)。つまり、平成三年二月になり、冷却期間を経ていたとした、被上告人主張を自ら否定するもので、右復帰命令は、まさしく、事実に反する命令であったことが、判明した。
よって、一年六か月で三回の異動命令は、その間、研究職としての職務に従事出来なくしたもので、精神的苦痛を蒙らせた、裁量権の逸脱による、違法なものである。
2 ICP室異動命令が人間関係悪化によるものでない事実
(1) 白衣着用について
事務所内の環境調査は、事務所衛生基準規則第七条で、定期的に行うことが定められている。
当時(昭和五七年)、所内で定期的に行われた事実は無い。昭和六〇年から、一年に二回、定期的に行われるようになった。
環境調査の結果、食肉魚介細菌室は、換気が悪いこと、とくに、ガステーブル使用時の二酸化炭素濃度は、右規則の基準値を超えることが判明した(<証拠略>)。
上告人が白衣を脱ぐことが有ったのは、ガステーブル使用中で、検体処理中の使用もあり、脱ぐこともあったが、まさしく暑いのと、気持悪かった時である。昭和五七年九月二七日朝、実験室でガステーブルを使用し、白衣を着用しないで、寒天培地を溶解していた時、小久保証人が部屋にもどり、「白衣を着ないなら、出てゆけ、器具機材を使うな」と暴言した。このことは、小久保証人のメモに自ら記入していない(<証拠略>)。さらに右証人自身白衣着用のまま、図書室等へ行き、この件に関してもメモ記入は無いが、右証人も認めており、事実に争いはない。
しかし、白衣着用で外出することは、細菌を扱う立場の者として恥づべき不注意である(<証拠略>)。
被上告人は、小久保メモが正確さを欠くにもかかわらず、上告人の非をあげつらい、不服従とした。換気良好か否かの調査も行わずして、白衣不着用することのあったことを、不服従としていたことは、人事管理能力不足であることを自ら認めるものである。
(2) 薬剤感受性試験について
小久保証言で、上告人の薬剤感受性試験の結果が信用できない(<証拠略>)としたことについて、上告人は、平成三年三月一九日準備書面七ページ・下・八行目(3)で、事実に基づかない、研究職職員として恥づべき、卑しい中傷であることを事実で立証した。
(3) 成績書記入の誤りについて
上告人が数回、成績書記入を誤まったことで、小久保証人等の指示に従わないと決めつけ、彼等が記入するとした事実経過は、平成三年一月二九日上告人準備書面八ページから一〇ページで詳細に記した。上告人の主張は、ミスがあっても、訂正することで、内容が誤って解釈されないことを強調した。実際、被上告人提出の準備書面にも、多くて一七か所位のミスが有るが、訂正されていることで、間違った解釈はしないことを述べた。
にもかかわらず、原判決は「記載を誤っても、現実の支障がなければ良いというものではない」とした。しかし、原判決文にも誤りがある。そして、訂正は、第二審判決文で行われている。
判決文は、裁判官自ら作成した(ワープロ等で)か不明であるが、右判決は、いささか常識的でなく、客観性に欠けるものである。
(4) 無断出張したとする点について
上告人準備書面平成三年一月二九日四ページ(3)で、詳細に事実経過を記した。結果として、当時の木村部長(乳肉研究科長事務取扱)に、小久保証人が出張届に押印しない状態の処理を委ねた。結果として、任命権者の木村部長から知らされなかったが出張扱いとはならず、出張旅費は支給されていない。夕方四時過ぎ、医学情報センターへ、ビブリオ・ブルニフィカス菌の文献を注文しに行ったことを翌日小久保証人に告げ、押印を求めたが、無断で出張したと、小久保証人は感情的になるばかりであった(<証拠略>)。
(5) 無断で退庁後登庁あるいは勤務時間外在庁等をしていたとすることについて
上告人が勤務時間外在庁した理由は、腸炎ビブリオ菌と外観では区別がつかない、しかし、時に重篤な転帰に至る、ビブリオ・ブルニフィカス菌についての検討を考え、小久保証人等に検討を申し出たが、小久保証人は必要が無い、とした(<証拠略>)。そして、在庁し、右記菌について、培養等の操作を行わせないよう、五時四五分(終了は五時一五分)頃、帰れ、と小久保、松本証人等が命令し、従わないことを、服務規律違反者であるとしたものである。被上告人は、「衛生研究所の業務、すなわち、公衆衛生に関することであれば、当該職員の自由な発意により研究課題として選定できたのである。」、あるいは、「当時から、職務分担を命じるにあたっては、当該職員において、調査研究が当然その職務として了知されていることから、そのことに言及しなかったのである。」、これらは、「衛研内では周知の事実であった。」としている(<証拠略>)。つまり、小久保・神保・松本等は、彼等が知識の無かったビブリオ・ブルニフィカス菌について(<証拠略>)、興味を示すどころか、検討するとして、時間外在庁し、文献調べをしていた上告人を、「命令に従わない」とするばかりで、被上告人が、職員の研究意欲を削ぐ行為がなされた事実も省りみない、支離滅裂な主張を行っている。
被上告人準備書面(二)(<証拠略>)で、「他に優先して処理すべき検体があったため、即時これを検討する必要はないと述べたのである。」としているが、上告人は勤務時間外検討していても、松本証人より勉強する必要は無い、とされたのである。
小久保証人が、ビブリオ・ブルニフィカスの知識が無かった事実は、昭和五七年九月三日及び九月一四日、上告人が観察・写真撮影をした(時間外入室することは、最後に庶務課長の自宅へ電話をして、了解を得ることになった)のは、まさしく、ビブリオ・ブルニフィカス菌のコロニーであった。しかし、外観上は、全く腸炎ビブリオ菌と区別がつかないため、小久保メモ(<証拠略>)では腸炎ビブリオ菌としてあり室内に置いてあった平板を見て、誤ってメモした結果である。
食品衛生法第一条で「この法律は、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とする」とあり、食肉魚介細菌室は、原判決記載(<証拠略>)の通り、食品衛生法に基き検査を行っている。検査方法も、前法律に従い行っている。調査、研究も当然前法律の目的に従い、行うものである。
松本証人等が、右菌の情報、知識を有していなかったとしても、その検討の意欲、機会を奪った事実は、上司として、不適格極りない行為である。
(6)
<1> 試験管壁へ付着させたとする点については、上告人準備書面平成三年一月二九日八ページ・上・三行目で記した通りで、試験管内径とピペットの太さ、それに膨脹剤やデンプンの懸濁液をピペットに注入する場合、付着(管壁に)するものであることは、法廷で行えば、一目瞭然である。
<2> パウチ法のやり方を不適切としたが、小久保証言のみを採用しており、法廷で行ってみれば、寒天培地の性質、方法から考えても、失敗することの少ない良い方法であることが判るはずである(<証拠略>)。
原判決は、一方的に、小久保メモの強調している部分を採用しているが、上告人が検体処理に参加しないとしているメモに、その事実経過の説明もされておらず、また、検体数の記入も無い、不正確なメモであることを、客観的に判断すべきである。
<3> NGKG培地の使用を拒否したことは、左記の通りである。
原判決は、「検査結果により、行政処分や行政指導が行われることがあるので、検査結果に誤りが生じることは許されない」(<証拠略>)として、行政検査の重要性を認めている。
元来、NGKG培地でセレウス菌検査を行うことは、まだ食品衛生法で決められておらず、芽胞菌として、香辛料の検査となっている(<証拠略>)。成績書にも、セレウス菌記入は要求されていない(<証拠略>)。
NGKG培地を行政検体に適用する理由は、小久保証人等の事務連絡不行届で、知らされた事実は無い。また、右培地以外でセレウス菌検出は可能である(<証拠略>)。
行政処分等に影響しない検査を小久保証人等が強要したため、上告人は検査手順として、行政検査項目を優先したにすぎない。
小久保証人等が自ら培地塗抹を行う時間は充分有り、必要(検査結果を)とした人達がセレウス菌について、行政検体処理時担当することに問題は無いのである。
原判決は、被上告人側証拠を全面的に採用する根拠に、疑問を残すが、被上告人のメモに関するすべての項目での反論は、争点から遠ざかる内容に及ぶばかりであるため、その主たる項目について主張し、小久保メモ及び、被上告人の主張に信用性がなく、むしろ、被上告人が、研究すら行えない状態にさせていた事実が新たに判明したことを強調する。
よって、原判決は、ICP室へ配置換えし、三年六か月に及ぶコンピューター操作法習得を命じたこと、マイコン室への配置換え、次の復帰命令と、一年六か月で三回もの配置換えは、人間関係を悪化させた原因を上告人によるものとして、右記配置換えを行ったことを、必要かつ合理的理由に基づくとしたことは、まさしく、採証法則違反及び釈明義務違反である。
(7) 微生物部細菌第一研究科で研究等で違法な扱いを受けている点について
マイコン室より、昭和六〇年四月一九日細菌第一研究科へ異動した。詳細は、上告人準備書面平成三年三月一九日二六ページ・下・三行目九で記してある。
喫煙者が五名中三名いる腸内細菌室で、喫煙により、健康に被害を受け、さらには、入浴後上半身裸で実験室へ来る職員からの性的嫌がらせを受け、在室すら出来ない位のタバコ煙による被害を受け、さらに、次いで、食中毒室異動を、右喫煙等による被害等が皆無であったならば生じ得ないことと考慮を及ばさず、人間関係を悪化させたとしたこと、換気の悪い部屋で、業務も限定されたこと、等により、研究も当然行える環境でなく、特別昇給(<証拠略>)も行われないため、勤務評価の開示請求を行っても明らかとせず、右評価不明とされている中で昇進すら実現されていないこと等、まさしく不当な待遇にさせられている。
上司が喫煙者であり、また、微生物部三木隆部長がオーストラリア、ニューサウスウェールズへ、エイズの視察をした報告会も、タバコ臭のため、途中で追い出され、それを右部長以下肩書きを有する職員が揃っていても、改善されなく、以後、科内の集合を避けていて、充分な情報も入らない。まさしく、被上告人が喫煙による被害を除く、分煙化を実現しないため、未だに研究等の行えない状況にあり、実績すら上げることが出来ないもので、右不当な待遇は、上告人に精神的、肉体的苦痛を加え続けている。
原判決は(<証拠略>)、特別昇給を受けていないことが被上告人の違法な取扱いによるものであることを窺わせる事情は認めることが出来ない、あるいは、専門分野の研究が出来なかったとの主張に理由が無い、としていることは、国民の知る権利が守られておらず、また、身体に及ぶ安全性が確保されていない中で、研究すら行えない事実を見逃すもので、明らかに、釈明義務違反及び採証法則違反である。(<証拠略>)
第二 法令違反
1 上告人は、衛生検査技師の免許取得を資格要件として受験し、衛生研究所勤務となり、研究職給料表適用である(<証拠略>)。
同じ衛生検査職種でも、医療職給料表(二)適用と異る。
給料表の適用範囲に関する規則(人事委規則第六条)で、研究職給料表の適用範囲として、第五条に、専門的科学的知識と創意等をもって試験研究又は調査研究業務に従事する職員に適用する、と定められている。
そして、一五の試験研究所のうち(<証拠略>)、衛生研究所は、保健衛生に関する調査等並びに試験検査、技術の指導講習に関する事務を掌理事項としている(<証拠略>)。
つまり、研究職給料表適用は、専門性の高い職務に従事するもので、東京都の一五の研究・試験機関のうち、上告人所属の衛生研究所は、保健衛生に関する業務を行うことが定められている。
衛生研究所には、衛生検査職種以外にも他の職種の職員がおり(<証拠略>)、従事職務内容が、互いに重なる内容があるとしても、基本的には、採用時の資格要件が、任用の根本基準としての、成績主義の原則(<証拠略>)、つまり、受験成績、勤務成績、その他の能力の実証(免許、勤務経験、学歴等公務遂行能を有すると認めるに足る客観的な事実)の基本となるものである。
衛生検査技師の免許取得は、臨床検査技師、衛生検査技師等に関する法律(法第七六条昭和三三年四月二三日)の第二条第二項に規定する検査に関する科目は、昭和四六年一月、次いで、昭和六五年一月に、適用科目が変化し、現在は、情報科学概論、医用工学概論が新しく加わっている。
衛生検査技師法施行規則(厚令第二四号昭和三三年七月二日)第五条で、免許取得の試験科目の範囲は、<1>公衆衛生学、<2>生理学及び解剖学、<3>臨床病理学、<4>衛生検査概論(第五号から第一〇号までに掲げる科目に関する部分に限る。)、<5>細菌学、<6>血清学、<7>血液学、<8>組織学(病理組織学を含む)、<9>原虫、寄生虫学、<10>医化学となっており、免許は試験科目の範囲あるいはカリキュラムに関連した知識、技能を有し、(証拠略)の第二条第二項に規定する検査に必要な知識及び技能を有すると認められる者に免許が与えられるとすれば、上告人の職務は、病院等で、主として衛生検査技師としての職務に従事する、医療職給料表(二)の衛生検査職種そのものでなくとも、衛生検査技師免許取得に必要な検査科目あるいはカリキュラムに関連した内容に限定されることは明らかである。これは、衛生研究所の掌理事項を充分満すものである。
上告人は、「衛生検査職種の職務は、衛生検査技師の職務そのものではないとしても、これを基準として、関連性があるか否かにより判断すべきとしており」(<証拠略>)、業務として、当然、調査、研究等が含まれると解している。
免許取得に必要な科目等に関連した研究を行うにしても、ルーチン業務と異り、一人の職員がすべての科目に熟知し、専門家となるべく研究を行えるはずがなく、研究内容が、血清学的、病理学的、細菌学的分野さらには、水質、大気汚染に関する分野等でも各々専門的知識、経験を必要とすることは周知の事実である。
同じ衛生検査職種でも、各分野の研究に別々に従事するもので、個人の能力、適性等が強く影響することは、当然のことである。
例えば、動物実験も、右職種のカリキュラムに含まれるが、所内においては、生物系、化学系として、動物実験を嫌う職員を無理に関連あるとして、職務従事させることはしていない(<証拠略>)。
2 コンピューター操作法習得命令は異職種従事命令である。
右記第二、(1)に述べた試験科目、カリキュラムにコンピューターのプログラムを行う科目、カリキュラムは含まれていない。
また、右習得計画は、その内容、方法について、研修と考えることは出来ず、プログラミングを習得する目的で計画されたと判断する根拠を欠くものである。
所内でコンピューターのプログラムを作り、実際業務に利用している人は、自ら関心を有している四、五人位である。
衛生検査職種で、プログラミング出来る人が二、三人いるとしても、プログラミング出来ない人は衛生検査職種に不適格とすることは理由が無い。上告人の適性は前もって考慮されていない。
衛生研究所内では、昭和五八年当時、コンピューター操作法の研修を行う体制は、まだ、充分でなく、平成二年に「情報処理PT」が設置されたのである。
さらに、食肉魚介細菌室で、他職員との人間関係が悪化したのは、上告人の責任であるとしているが、松本証人等の管理能力欠如に起因するものである。
よって、前記、第一・1・及び2、記載の通りICP室へ配置換えし、コンピューター操作法習得を命じたことは、第二・1・及び2、記載の衛生検査職種の職務内容の範囲を考慮しても、右命令は、被上告人の、成績主義の原則を無視した、裁量権の濫用、逸脱による、異職種従事命令を上告人に行ったもので、違法である。
3 マイコン室への配置換えは職種に反する。
マイコン室での職務が単純な職務内容であったことは、原判決も認めている。
マイコン室で研究しようと思えば出来た、と被上告人は主張するが、前記第一・1・(4)及び第一・2・(1)から(7)、そして、第二・1、記載内容から、研究しよう思えば、マイコン室で行うことが出来たとする主張は、被上告人の矛盾する主張によるもので、研究を行う意欲を削いだ行為を省りみない主張である。
よって、研究職としての職務に従事出来ない状態に置かれた配置換えを命じたことは、裁量権の逸脱による。
冷却期間が経た、等を理由に、食肉魚介細菌室へ復帰命令を被上告人が行ったが、前記第一・1・(5)記載の通りで、偽りの理由で復帰させることを意図したものであった。
よって、被上告人は、右記命令も含め、一年六か月で三回の異動命令を上告人に行ったこと及び前記ICP室とマイコン室における、本来の職種での職務に従事出来ない、異職種従事命令を行ったことは、明らかに被上告人の裁量権の逸脱によるもので、違法である。
被上告人による、右違法行為により、上告人が蒙った精神的苦痛は甚大なものである。
4 異職種従事命令は転職である。
(1) コンピューター操作法習得命令は、研修にあたらないことは、前記第一・1・(3)記載の通りである。
(2) 上告人の衛生検査職種の範囲については、前記第二・1、記載の通りであり、より専門性の強い職務に従事する採用がなされており、本人の同意の無い他職種への配置換えは、一方的に許されるものではない、法的利益を有している(<証拠略>)。
(3) 都人事委の転職に関する基準(<証拠略>)によれば、転職事由に該当する場合には、転職が行えるとしている。
上告人がICP室で従事させられた、コンピューター操作法習得命令は、原判決において、「コンピューター操作法習得及び修得後操作法を生かした職務をする具体的計画があったとは認められない」としており、「業務上の必要がある場合」の転職事由に該当せず、右事由のいずれにも該当しない。
さらに、転職の要件とする、転職に必要な能力の実証は行われておらず、また、計画されて行われたものではないことは、約一か月後に計画表が渡されていることから明らかである。
仮りに、転職事由に該当するとしても、別表転職選考資格基準表区分1で、転職する職種と関連ある学科を卒業した者、又は転職する職種と関連ある資格免許を有する者に限る、とされ、コンピューター操作法を職務とする職種に転職するにしても、右記制限の条件を満すものでない。
よって、上告人が命ぜられた、ICP室配置換えによる、三年六か月に及ぶコンピューター操作法習得計画は、研修に該当するものではなく、また、専門性の強い衛生検査職種で、研究職給料表適用の上告人にとって明らかに転職に相当するものである。そして、転職にあたり、都人事委の定める転職に必要な事由、方法及び基準に基づく、合理的な手順に従って行われた、事実は無く、一方的に、転職にあたる、異職種従事を命令されたものであり、被上告人は著しく裁量権を逸脱しており、違法なものである。
マイコン室において従事させられた職務内容は、本来の職務にあたらない、雑用であり、右同室において、コンピューター操作法の職務従事を命令されていないが、専門性の強い職務内容に従事出来ない、一方的な命令で、転職に相当するか、転職についての合理的手段で従事命令されたものでなく、ICP室配置換え命令と同じ、裁量権の逸脱による、違法なものである。
5 職階制を条例化していないことは、違法である。
地公法第二三条職階制は、日本の地方公共団体のいずれにおいても実現していないことを理由として、被上告人は、東京都においても条例化していないことを正当化している。
しかし、職階制の効用は、職務内容が明確で、行うべき範囲が客観的に明らかとなり、採用、昇任、降任及び転任が職階制に基づいて行われることで、任用が科学的に定数管理されるとされている(鹿児島重治著逐条地方公務員法職階制の項)。
現在の「職員の給与に関する条例」条例七五条、第一条第二項で、職階制に適合する給料表に関する計画が実施されるまでの間、効力を有するもの、とされており、職階制実現を前提としている条例である。
職員の職を職務の複雑と責任に対応する分類、職務の種類で分け、勤務条件が同じグループは資格要件の等しい者が属せしめられ、資格要件は、学歴、経歴でなく、職務遂行能力を意味することになる。
そして、同法第七項で、人事委は随時職員の職の格付を検討・審査し必要に応じて職の格付の設定廃止、上下の変更等を行うことが義務づけられており、地方公共団体の事務事業が社会の変化・行政需要の変化に対応して、変化することを可能にするものである。
職階制が実現されていたならば、本件訴訟のような転職による異職種従事命令という裁量権の逸脱による、違法な処分により、精神的苦痛を加えられる事態は防ぎ得るはずであり、まさしく、職階制を実現しない被上告人の怠慢によるものである。
よって、本件訴訟の違法行為は、職階制を実現しない、被上告人により生ぜしめられたものである。
6 細菌第一研究科での違法な待遇について
異職種従事命令から解放された後の細菌第一研究科で、上告人は前記第一・2・(7)記載の通り、喫煙による被害を受け、健康を害した。喫煙の被害を受けることで、周囲の所属室職員と人間関係を悪化させたと、上告人が責任を結果的に負わせられる事実は、食肉魚介細菌室所属の時と変りなく続いている(<証拠略>)。この理由は、被上告人が職員の健康及び勤務能率向上のためを考慮した、分煙化を実現しない結果である。
特別昇給、昇進が上告人に適用されないのは、食肉魚介細菌室で本件訴訟原因の発生頃からであり、特別昇給、昇進に影響する勤務評価が、右記喫煙での人間関係に関する点及び、喫煙の被害を避けるため、充分満足な研究等に、喫煙の被害を感じない職員に比し、従事出来ず、実績があげられる環境でなく、不利な状態に置かれている間の、実績に関する点が問題であることは考え得る。まして、右任用を行う被上告人との訴訟では明らかに不利に解釈されることは、本件訴訟内容から当然考え得る。そして、国民としての知る権利に基づき、右任用の不当な待遇を理解するため勤務評価の開示請求を行ったが、争っている相手方の、個人情報である理由のもとで、公開されず、国民の権利として行っている訴訟が、右任用に無関係とする事実把握を不可能としており、本件訴訟が右任用に影響していないと否定する事実も無い。
よって前記細菌第一研究科異動前の被上告人の違法な行為により、また、分煙化実現がなされないため、上告人が専門分野の研究を行えない状態に置かれており、昇進・特別昇給を著しく遅らせているのは、裁量権の逸脱であり、違法である。
第三
1 以上により、被上告人が上告人に行った、一年三か月に三回の一方的な配置換え、及び転職にあたる異職種従事命令は、被上告人の裁量権を逸脱するもので、違法である。
被上告人の違法行為により、上告人が受けた、精神的苦痛は甚大である。
また、その後の配置換えで、国民の権利として行っている訴訟の一方の当事者である被上告人により、事実を明らかにする国民の知る権利を保証しないで行われている、昇進、特別昇給の不利益、それに、分煙化により、職員の健康を保護し、専門分野での研究を行うことを、不可能としていることは、不当であり、違法なものである。
2 原判決は、右記被上告人の違法行為を、必要性及び合理性がある、あるいは裁量権を逸脱しない、としていることは、明らかに、採証法則違反及び釈明義務違反によるものである。
3 上告人は国民として、個人の有する能力を十分発揮し、公共の福祉に貢献することを生きがいとして追及する、国民としての権利を有し、個人として尊重される権利を有している(憲法第一三条)。また、勤労の義務及び権利を有し、健康を害することの無い環境で勤務する権利を有する(憲法第二七条)。
よって、右記被上告人の違法な行為は、憲法に違反する行為でもある。
4 以上より、被上告人の国家賠償法一条一項の責任は明らかである。
5 よって、原判決は破棄されるべきである。
以上